DTMを始めると、まず出会うのはピアノロールです。横が時間、縦が音の高さ。直感的で、ほとんどのDAWがこれを採用しています。

ところがチップチューンの世界に入ると、突然トラッカーという別物が出てきます。画面は縦にスクロールし、音符は C-4 のような文字で、その隣に A03 のような16進数が並んでいる。初見ではまず読めません。

どちらが優れているという話ではなく、得意なことが違います。この記事では3つの入力方式を並べて、どの作業にどれを使うと速いのかを整理します。

📌 この記事の3行まとめ
トラッカーは縦に流れる表。1行=1ステップで、音符とコマンドを同じ密度で扱える
ピアノロールは横に流れる図。旋律の形とリズムの粗密が一目で分かる
パッドは入力ではなく探すための道具。鳴らして選び、確定してから他の画面で詰める

3方式を並べて比べる

トラッカーピアノロールパッド
時間の方向縦(上から下)横(左から右)なし(16ステップの面)
得意なことコマンド、音色切替、細かい制御旋律の形、音の長さ、和音音探し、リアルタイム記録
苦手なこと旋律の形が見えにくいパラメータの一括入力精密な編集
向いている場面詰めの作業組み立て発想

トラッカー:なぜ縦に流れるのか

トラッカーの画面は、行が並んだ表です。1行が1ステップ(多くは1/16音符などの固定単位)で、上から下へ再生が進みます。

     NOTE INS CMD VAL
00   C-4  00  A   03
01   ---  --  -   --
02   E-4  00  -   --
03   ---  --  H   00

各列の意味は次のとおりです。

内容
NOTE音名とオクターブ(C-4F#3 など)
INS使う音色(インストゥルメント)の番号
CMDコマンド(効果)の種類を表す1文字
VALコマンドに渡す値(16進数)

縦になっている理由は歴史的なもので、初期のトラッカーがテキスト端末で動いていたことに由来します。ただ、いま残っているのは慣習だからではありません。この形が、音符とコマンドを同じ重みで扱えるからです。

ピアノロールでは、音符は図形として置けても、「この行でビブラートをかける」「この行で音量を下げる」といった指示は、別のオートメーション画面へ行くことになります。トラッカーでは、それが音符のすぐ隣の列にあります。1ステップに何が起きるかが、その1行を見れば全部分かる

チップチューンではこれが効きます。8bit・16bitの音源は同時発音数が少ないぶん、1音ごとの加工(アルペジオ、ピッチスライド、音量エンベロープの差し替え)で情報量を稼ぐからです。

💡 アルペジオという例
3和音を鳴らしたいが、チャンネルは1本しかない。そこで1フレームごとにド→ミ→ソと高速で切り替えて、和音のように聴かせます。ピアノロールで「1/60秒ごとに音程を変える」と書くのは大変ですが、トラッカーなら1行に A 47(+4半音、+7半音)と書くだけです。

トラッカーのコマンドは「短い命令」

CMDとVALの組み合わせは、音源への短い命令です。実装によって文字は違いますが、よく出てくるものは共通しています。

種類やること
アルペジオ1フレームごとに音程を切り替えて和音に聴かせる
ピッチベンド / スライド音程を滑らかに動かす
ビブラート音程を周期的に揺らす
音量 / エンベロープ音量の立ち上がりと減衰を差し替える
デューティ切替矩形波の音色を切り替える
テンポ / グルーヴ速さや、ステップごとの長さの偏りを変える
ジャンプ / ホップ再生位置を移動する

16進数に慣れが要りますが、覚える量は多くありません。よく使うのは5〜6種類で、残りは必要になったときに調べれば足ります。

ピアノロール:形が見える

ピアノロールの強みは、旋律の形が図として見えることです。

  • 音程が上がっているのか下がっているのか
  • 音が詰まっているのか、間が空いているのか
  • 各パートがどこで重なり、どこで避けているのか

これらは、トラッカーの数字の列からは読み取りにくい情報です。特に音の長さは、ピアノロールでは長方形の幅として直接見えますが、トラッカーでは「次の音符またはノートオフまでの行数」を数えることになります。

和音やレイヤーの確認も、ピアノロールの方が速い。複数のパートを重ねたとき、意図せず同じ音域でぶつかっている箇所は、図にすると一目で分かります。

一方で、ピアノロールはパラメータの一括入力が苦手です。「16ステップ全部のデューティ比を切り替える」ような操作は、トラッカーなら列を選んで一気に埋められますが、ピアノロールでは音符を1つずつ選ぶか、別画面のオートメーションを描くことになります。

パッド:入力ではなく、探す

16個のパッドを並べた画面は、3つ目の方式です。これは精密な編集のための道具ではありません

役割は2つです。

  1. 音を探す:鳴らしてみて、良い音程・良い音色を耳で選ぶ
  2. リアルタイムで記録する:叩いたタイミングをそのままステップへ落とす

作曲の最初の段階、まだ何を作るか決まっていないときは、数字を打つより手で叩いた方が速い。逆に、決まったあとの詰めには向きません。指で叩いたタイミングは必ずずれるので、そのあとで別の画面に移って整えることになります。

Phrase / Chain / Song という階層

チップチューンのトラッカーには、もう一つ独特な考え方があります。曲を3階層で組み立てることです。

階層単位役割
Phrase16ステップ程度最小の断片。1〜2小節のフレーズ
ChainPhraseの並び断片をつないだブロック(Aメロ、サビなど)
SongChainの並びチャンネルごとの曲全体の構成

DAWのピアノロールが「曲全体を1本の長いタイムラインとして持つ」のに対し、こちらは短い断片を作り、番号で呼び出して並べるという考え方です。

利点は、同じPhraseを何度も使い回せることと、メモリを食わないことです。実機の制約から生まれた構造ですが、いま使っても「フレーズ単位で考える」癖がつくという副産物があります。

Aメロで使ったPhraseを、番号を書くだけでサビの裏でもう一度鳴らす。ここを1音だけ変えたければ、コピーして別番号にする。曲の構成を、コピーではなく参照で組み立てる発想です。

チャンネルごとに独立して進行する実装では、チャンネル1が4ステップのChain、チャンネル2が6ステップのChainを回す、といったポリメーターも自然に作れます。

どう使い分けるか

実際の制作では、1つの方式に固定するより、作業の段階で切り替えるのが速くなります。

段階使う画面
アイデアを探すパッドで鳴らし、良い音程・音色を見つける
旋律を組むピアノロールで形とリズムを作る
詰めるトラッカーでコマンド、音色切替、微調整を入れる
構成するChain / Songで断片を並べる
直す範囲を選んで移調・反転・回転などで一括編集

大事なのは、どの画面でも編集対象が同じであることです。画面を切り替えるたびに別のデータを触ることになると、切り替え自体がコストになります。

実際に試してみるには

当社が開発した HexaChip - チップチューン は、この3方式を同じPhraseに対して切り替えられるように作っています。

  • トラッカー:NOTE / INS / CMD / VALを行単位で精密編集
  • ピアノロール:音程と長さを視覚的に調整
  • 16パッド:ステップ入力、リアルタイム記録、試奏
  • Pattern Brush:範囲を選んでコピー、貼り付け、移調、反転、回転、消去

LSDjの .sav / .lsdsng / .LSDPRJ / .saw を読み込み、編集して同じ形式へ書き戻せるので、実機で作った曲の続きをiPhone・iPadで進められます。

ゲームボーイ音源そのものの仕組みはゲームボーイの音源とLSDj入門に、機種ごとの音源の違いはチップチューン完全ガイドにまとめています。最初の8小節の作り方はチップチューンの作り方入門をご覧ください。

HexaChipをApp Storeで見る(900円・買い切り)