ゲームボーイの音楽は、ファミコンより1音少ない4チャンネルです。にもかかわらず、チップチューンの文化はゲームボーイを中心に育ちました。
理由ははっきりしています。4音のうち1音の波形を、自分で描けるからです。この記事では、その仕組みと、それを引き出すトラッカー LSDj の考え方を解説します。
📌 この記事の3行まとめ
① 4チャンネルは 矩形波2・波形メモリ1・ノイズ1。ファミコンの三角波にあたる枠が自由になった
② 波形メモリは32ステップ・4bitを自分で定義できる。ここがゲームボーイ独自の音の源
③ LSDjは Phrase → Chain → Song の3階層。16行の断片を組み合わせて曲にする
4チャンネルの内訳
ゲームボーイ(DMG)の音源は次の構成です。LSDjの表記に合わせて、チャンネル名も併記します。
| チャンネル | LSDj表記 | 種類 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 1 | PU1 | 矩形波 | デューティ比4種+音量エンベロープ+周波数スイープ |
| 2 | PU2 | 矩形波 | デューティ比4種+音量エンベロープ(スイープなし) |
| 3 | WAV | 波形メモリ | 32ステップ・4bitの任意波形。音量は4段階 |
| 4 | NOI | ノイズ | LFSR。15bit / 7bitの2モード |
矩形波2本とノイズ1本は、ファミコンとほぼ同じ発想です。デューティ比は 12.5% / 25% / 50% / 75% の4種類で、細い音から太い音まで切り替えられます。PU1だけが周波数スイープを持つので、音程が滑るような効果音はこちらに割り当てます。
差が出るのが3つ目です。
波形メモリ(WAV)が、ゲームボーイの個性
ファミコンでは3チャンネル目が三角波に固定されていました。ゲームボーイでは、ここが自由に波形を定義できる枠になっています。
具体的には、32個の4bit値(0〜15)を並べて1周期の波形を作るという仕組みです。三角形に並べれば三角波、階段状に並べればノコギリ波、途中で切れば矩形波。もちろん、どれでもない形も作れます。
これが何を意味するか。同じゲームボーイの曲でも、波形の設計次第で音の質感がまるで変わるということです。
- 単純な形(三角・矩形) → 素直で通りやすい。ベースやメロディに
- 倍音の多い複雑な形 → ざらつき、金属感。リードやベースの芯に
- 途中に段差の多い形 → ノイジーで独特。パーカッション的にも使える
ゲームボーイのチップチューンで「太いベース」が印象的な曲は、たいていこの波形チャンネルを低音で使い、波形の形で歪ませています。
制約もあります。音量は 0 / 100% / 50% / 25% の4段階しかなく、矩形波のような細かいエンベロープが使えません。そのため、音量変化はコマンドで段階的に切り替えるか、波形自体を差し替えて表現します。
ノイズは15bitと7bitの2モードを持ちます。7bit側は周期が短く、金属的でピッチ感のある音になるため、ドラムだけでなく効果音としても使えます。
LSDj:Phrase → Chain → Song の3階層
LSDj(Little Sound Dj) は、ゲームボーイ上で動くトラッカー型の音楽制作ソフトです。チップチューンの制作環境として、長く事実上の標準になってきました。
LSDjの曲構造は、3つの階層でできています。ここを理解すると、トラッカー全般の考え方が掴めます。
① Phrase(フレーズ)16行の表です。1行が1ステップ(テンポに応じた時間)に対応し、NOTE(音程)・INS(音色番号)・CMD(コマンド)・VAL(値) の4つを打ち込みます。これが最小単位です。
② Chain(チェーン)Phraseを最大16個並べたものです。「Aフレーズ → Aフレーズ → Bフレーズ → Cフレーズ」のように連結して、まとまった長さにします。
③ Song(ソング)4チャンネルそれぞれに、Chainを縦に積んでいきます。ここが曲全体の設計図です。
この3階層があるおかげで、同じフレーズを何度も打ち直す必要がありません。8小節のパターンを作ったら、あとはChainとSongで並べ替えるだけで曲になります。チップチューンの作り方入門で「8小節だけ作って、あとは変形」と書いたのは、まさにこの構造と相性がいいからです。
トラッカーのコマンドという考え方
トラッカーが初心者に難しく見える最大の理由が、CMD(コマンド) です。
コマンドは、その行で音に対して何をするかを指定する1文字+値の命令です。よく使われるものだけ挙げると、
| よくある操作 | 何をするか |
|---|---|
| アルペジオ | 1音の中で複数の音程を高速に切り替え、和音のように聞かせる |
| ビブラート | 音程を周期的に揺らす |
| ピッチベンド | 音程を滑らかに変化させる |
| 音量変更 | その行から音量を変える |
| テンポ変更 | 曲の速度を変える |
| リトリガー | 同じ音を短い間隔で再発音する |
| ディレイ | 発音をわずかに遅らせる |
特に重要なのがアルペジオです。ゲームボーイは4音しか鳴らないので、和音を3チャンネル占有して鳴らすわけにいきません。1チャンネルの中でド→ミ→ソを高速に切り替えることで、和音として聞かせます。チップチューン特有の「ビリビリした和音」の正体はこれです。
コマンドは数が多く、最初は覚えきれません。まずはアルペジオと音量だけ使えれば曲は作れます。残りは必要になったときに1つずつで十分です。
制作環境の選び方
ゲームボーイのチップチューンを作る方法は、大きく3つあります。
| 方法 | 長所 | 短所 |
|---|---|---|
| 実機+フラッシュカート | 本物の音、演奏に使える | 機材の入手と初期費用がかかる |
| エミュレータ上でLSDj | 手軽、パソコンで完結 | キーボード操作に慣れが必要 |
| 互換トラッカーアプリ | タッチ操作、画面が大きい | 実機の挙動と完全一致ではない場合がある |
初めてなら、まずエミュレータか互換アプリで曲の構造に慣れるのが現実的です。実機は、音が気に入ってから検討すれば十分です。
なお、LSDjそのものは有償のソフトウェアです。利用にあたっては配布元の条件をご確認ください。
HexaChip:LSDj互換ファイルをiPhone・iPadで
当社では、LSDjで作った曲をモバイルでも編集できるようにするネイティブ・トラッカー HexaChip を開発しています。ROMを動かすエミュレータではなく、ファイル形式に対応した独立した制作環境という位置づけです。
- 読み込み・書き出し:
.sav/.srm/.lsdsng/.LSDPRJ/.saw、および.wav(48kHz・16bit PCM ステレオ)の書き出し - 3つの入力方法:トラッカー(NOTE / INS / CMD / VALを行単位で精密に)、ピアノロール(音程と長さを視覚的に)、16パッド(試奏とステップ入力)。どの画面でも同じPhraseを編集します
- Pattern Brush:範囲選択してコピー・貼り付け・移調・反転・回転・消去
- 最大4プロジェクト・16チャンネルを共通BPMで同期再生
- 未編集の領域は元のバイト列を保持し、解釈しない領域もrawデータとして引き継ぎます
「トラッカーのコマンドは難しいが、ピアノロールなら分かる」という段階の方でも、同じデータを行き来しながら覚えられる設計にしています。開発の詳細はHexaChipの開発記事をご覧ください。
サンプル再生方式やFM音源など、他機種の音を作りたい場合は ChipWave(16bit機方式)と MegaTune(FM音源)があります。機種ごとの違いはチップチューン完全ガイドにまとめました。


